
もしも、映画の企画会議で
「ローマの風呂職人のおっさんが、全裸で日本の銭湯にタイムスリップしてきて
フルーツ牛乳を飲む映画を、主演阿部寛でやりたいんですが…」
などと発言したら「帰れ!」と 怒られるに違いない…
いつの時代も
マンガ家の発想力は、映画の企画者の感性センスなんてのを、遙かに凌駕している。
ヤマザキマリ先生のテルマエロマエも、この原作がなければ到底実現しなかった企画であることは
間違いない。
映画はよく原作を再現していて面白い。
特にローマの町並みの再現は見事で
このまま、もういっぽん映画を作って欲しいなあ というセットである。
(北村一輝主演のカリギュラとか)
全面的にほめたいところだが
どうしても苦言はちょっとでてくる…
映画としてまとめるためには、後半に向けて
なにかの大仕掛けを作り 大団円に向けなくてはならないのだが
その部分がマンガから乖離して、オリジナル脚本になっている。
ここがダレる。
ガンツの二作目もそうだったが、
映画のオリジナル部分になると
なぜああも、けだるいできばえになっちゃうのか
マンガの原作を踏み台にして
もっと飛び上がらなければいけないのに
凹んで どうするよ?